愛知民報

【12.03.04】河村市長は発言撤回を 日本中国友好協会愛知県連合会会長 石川賢作さん

日中関係に悪影響 虐殺否定論は根本から破たん

 
 河村たかし名古屋市長が、中国共産党の代表団に対して南京大虐殺否定の発言をし、大きな国際問題になっています。

 市長は国会議員時代から一貫して南京大虐殺の事実を否定し、市長としても同様の発言を繰り返しました。その基礎にある市長の認識の問題点は、以下のようなものです。

 ?彼は「当時南京市の人口は30万人もいなかった。だから30万人も虐殺できるはずはない」と言います。

 これは歴史の基礎をわきまえていません。南京特別市は近郊6県を含み、中心の南京城区はもともと100万人、全体の人口は150万人以上でした。この地域全体が、南京攻略戦の戦場になりました。

 南京郊外の農村地帯でも人びとは状況が分からず、土地と作物と家畜を守るためにとどまり、そこでも多くの略奪と婦女暴行が行われました。

 ?市長は「自分の父親が終戦後、南京付近で中国人に温かくしてもらった。ラーメンの作り方も教えてもらった。だから8年前に虐殺行為などあったはずはない」と言います。

 これは、中国東北部で少年時代を過ごした私個人の経験からしてもなりたちません。日本の敗戦後、中国は15年を越える侵略戦争の怨念を越えて、100万人以上の日本人を帰国させ、国家としての賠償も放棄しました。恨みを抑えて日本人に対応したのです。

 ?市長は南京での虐殺は「通常の戦闘行為」と主張しますが、大虐殺、略奪、婦女暴行の事実は、当初から米英、さらには同盟国のドイツの人びとからさえ世界に発信され、知らないのは日本国民だけでした。

 この事実は、旧日本軍の上級将校団体「偕行社」の出版物でさえ、多数の捕虜を銃殺や刺殺により「処分」したと記しており、また市長が口にした「戦闘詳報」でも捕虜の虐殺が明記されています。

 これらの証拠で「目撃者がいなかったことが決定的」という市長の大虐殺否定論は根本的に破綻しています。

 ?日中両国政府による「日中歴史共同研究」でも、日本側は犠牲者数については中国側との違いはあるとしながらも、「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣隊、および一部の市民に対して、集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」と認めています。市長はこれすら否定しています。

 こうした中で、河村市長が中国側との「討論」を呼びかけてみても、その前提としての相互信頼関係が崩れ去っています。

 南京市は2月21日、名古屋市との交流停止を発表しました。その悪影響は、南京市と名古屋市との関係だけはありません。私たちが営々として築いてきた民間交流の成果、当地方と中国の深い経済関係、ひいては日中両国関係にも悪影響を及ぼし、改善には長い時間にわたる新しい努力を必要とすることになるでしょう。

 今年は日中国交回復40周年の記念すべき年であり、歴史を鑑(かがみ)に長い友好関係を打ち固めるべき年です。

 公人としての市長の誤った歴史認識と不用意な発言が、名古屋と南京の両都市関係をこえて大きな問題を引き起こしたことは深刻です。

 私は、市長の今回の発言に強く抗議し、発言をただちに撤回するよう求めます。