大村知事リコール運動反対に関するQ&A

大村知事リコール運動反対に関するQ&A

「表現の不自由展・その後」はどういう企画だったの?

Q.「反日の象徴」という意見がありますが?
A.『慰安婦』被害の歴史を記憶し、人権のたたかいを継承するモニュメントです。
 「平和の少女像 」 は日本軍「慰安婦」被害者の人権と名誉回復を求める韓国の水曜デモ1000回の記念として2011年12月に建てられた追悼碑です。
 作者であるキム・ソギョンさん、キム・ウンソンさんはしんぶん赤旗のインタビューに次のように答えています。
 「日本の一部の政治家や保守系のメディアは、少女像を『反日の象徴』などといいますが、それは違います。『慰安婦』被害の歴史を記憶し、人権のためにたたかい続けるハルモニ(おばあさん)をたたえ、運動を継承するためのものです。少女像には、ハルモニの苦しく長かった人生や未来への夢など、すべてを込めました。」

Q.天皇の写真を燃やす作品?
A.自分(作者)の版画作品を燃やしたことを映像化したものです。
 作者の大浦信行さんは、昭和天皇の肖像は自分(作者)の自画像であり、「映像の中で焼かれているのは写真ではなく、自分の版画作品そのもの」と語っています。また「天皇制を批判するために天皇の写真を燃やしたという、そういう政治的な文脈で受け取られたのかもしれませんが、それはまったく違います」とも述べています。
 なお、今回の作品の前作である「遠近を抱えて」が1982年~85年にかけて、富山県立近代美術館に展示されましたが、この展示の終了後、県議会で「不快」という議論が起こったことをきっかけに、右翼団体による抗議活動がおき、美術館側が同作の非公開と売却を決定しました。また保管されていた同展の図録が美術館側によって焼却処分されました。


「表現の自由」とは何か?

Q.「表現の自由」とはどういう権利でしょうか? また、その根拠はどこにあるのでしょうか?
A.憲法で認められた権利です。
 「表現の自由」は憲法が定める基本的人権の一つで、自らの意見・思想・主張を表現する自由のことです。

憲法21条
【第1項】 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
【第2項】 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 文化芸術基本法にも明記されています。
 2017年に改定された「文化芸術基本法」にも「表現の自由」が位置付けられました。この法律は議員提出により全会一致で可決しました。日本共産党は2001年の法律制定当時から、「表現の自由」を明記するよう求めてきました。

文化芸術基本法 前文
「我が国の文化芸術の振興を図るためには、文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重することを旨としつつ、文化芸術を国民の身近なものとし、それを尊重し大切にするよう包括的に施策を推進していくことが不可欠。」

Q.意見が分かれる作品に税金を使うのは?
A.「お金は出すが、口は出さない」が原則です。
 「表現の不自由展・その後」の展示作品をめぐり、「意見が分かれる作品の展示に税金を使うのはおかしいのでは 」という声が聞かれました。
 行政と芸術の関係には「お金は出すが、口は出さない」というアームズ・レングスの法則があります。これは、戦前、ナチスや日本が権力にとって不都合な作品の内容に介入した歴史の反省の上にできた法則です。
 「現政権と意見が違う」、あるいは「 国民の中で意見が分かれる」ことを理由に税金を投入しないというのは、まさに芸術に「口を出す」行為です。
 大村知事は記者会見で「公権力を持ったところであるからこそ、表現の自由は保障されなければならない」、「税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守らなければならない」と述べましたが、これが正論です。

Q.ヘイトスピーチは「表現の自由」に含まれる?
A.ヘイトスピーチは「表現の自由」と無縁です。
「ヘイトスピーチとは、人種や出身国 など自分から主体的に変えることが困難な事について、攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動のことです。当事者の皆さんが声をあげ、超党派で2016年に「ヘイトスピーチ解消法」が成立しました。「表現の不自由展・その後」をめぐっては、憲法学者から「表現の自由 」は表現する側の自由と観客の側の自由が保障され、交流の場が確保されてこそ成り立つものであるという指摘がされています。脅迫や攻撃、罵倒など一方的な言動によって人権を大きく侵害するヘイトスピーチは「表現の自由」とは相いれません。


歴史改ざんとは何か?

Q.「リコールの会」代表の高須克弥氏はどういう人ですか?
A.「南京もアウシュビッツも捏造」と歴史の事実をねじまげる発言者です
 高須氏は、「偉大なナチス」「盟友ナチス」などナチスを礼賛する発言を繰り返してきました。2015年、ツイッター上で 「南京もアウシュビッツも捏 造だと思う」と発言しました。2019年にアウシュビッツ記念館がそのツイートに対し、「アウシュビッツは史実」と日本語で異例の忠告をおこないました。
「ナチスへの礼賛、「ホロコーストなかった」という発言はドイツでは処罰の対象です
 ドイツ刑法典130条では「民衆扇動罪」が定められており、特定の人々に対する憎悪を煽動したり尊厳を傷つける行為をした者 は処罰の対象となっています。1990年代にはホロコースト否認が対象になりました。続いて2005年には、ヒトラーやナチス・ドイツを礼讃・讃美する言動(ナチスの意匠や出版物等を流布するなど)が処罰の対象に加えられ ました。ドイツでは、ナチス・ドイツのホロコーストに関わった人物に対して、今なお刑事責任を追及する動きが続いています。ドイツのこのような姿勢は、第2次世界大戦で行ったホロコーストに対する深い反省と「二度と繰り返さない」という国際社会への表明です。高須氏の「偉大なナチス」、「南京もアウシュビッツも捏造」などの発言は国際的にみても非常識であるとともに、何よりホロコーストの犠牲者の尊厳を踏みにじる行為です。

※ アウシュビッツは1979年にユネスコ世界遺産に登録されており、負の史実を伝える遺跡として世界中にホロコーストの悲惨さを伝えています。
※ 2017年、アメリカ美容外科学会(AACS)はナチスによるホロコーストを否定し、ナチスを擁護する言動を繰り返す高須氏の会員資格をはく奪しました。歴史を捻じ曲げる発言を繰り返しおこなう人物はどの分野からも受け入れられません。

Q.河村市長も「 南京大虐殺はなかった」 と発言していますが?
A.高須氏も河村市長も歴史の事実を否定し、ねじまげる発言をおこなう点で立場が一致しています
 河村市長も国会議員時代から一貫して南京大虐殺の事実を否定し、市長としても同様の発言を繰
り返してきました。2012年2月に当時友好都市であった中国・南京市の訪問団が名古屋市を表敬訪問した際には、「南京事件はなかったのではないか」と発言し、南京市政府が翌日、名古屋市との交流を一時停止すると発表する事態になりました。

Q. 南京大虐殺とは何ですか?
A.1937年末~1938年にかけて日本軍が南京で中国の捕虜や市民に対しておこなった殺害行為です。犠牲者の数は、数万~数十万と言われています。
 河村市長は2012年に「当時南京市の人口は30万人もいなかった。だから30万人も虐殺できるはずはない」と発言。しかし、南京特別市は近郊6県を含み、中心の南京城区はもともと100万人、全体の人口は150万人以上でした。この地域全体が、南京攻略の戦場になったのです。
 また、兵士の日記が事実を証明しています。南京攻略の指揮をとった松井大将の配下にあった第十軍と上海派遣軍の下級将校や兵士が残した30冊を超える陣中日記には、「二三日前捕虜せし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃を以て射殺す 年寄りも居れば子供も居る。一人残らず殺す、刀を借りて首をも切って見た」など現地で行われた蛮行の数々がリアルに記されています。(『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』から)
 海外メディアも「多くは罪のない市民」と報道しています。当時、南京城内には米国の新聞記者など複数の外国人がとどまっていました。米シカゴ・デイリー・ニューズのスティール記者は南京攻略を「地獄の4日間」と表現、「何千人もの生命が犠牲となったが、多くは罪のない市民であった」(12月25日付)と報道。ニューヨーク・タイムズも「日本軍の大量殺害――中国人死者、一般市民を含む33,000人(翌年1月9日付)と報道しました。
 当時の陸軍刑法は、「略奪・強姦」を禁じていました。また、国際法であるハーグ陸戦条約の「規則」は無抵抗の捕虜の殺傷を禁止しています。河村市長は南京での虐殺は「通常の戦闘行為」と発言しましたが、日本兵の日記や海外メディアの報道など多くの資料からも「通常の戦闘行為」ではなく、罪のない市民への虐殺行為であったことは明らかです。 当時の国内法にも、国際法にも反する行為でした。
 南京大虐殺が事実であることは、外交的にも学問的にも決着がついています。戦後の東京裁判は1948年、南京事件について「日本側が市を占領した2、3日の間に、少なくとも12,000人の非戦闘員である中国人男女子供が死亡した」「最初の6週間に南京とその周辺で殺害された一般人と捕虜の総数は、20万人以上であったことが示されている」と認定。広田弘毅(事件当時の外相)、松井石根(当時の支那方面軍司令官)が死刑になっています。また、南京大虐殺の被害者である夏淑琴さんに対してニセ証言者と著書で書いた東中野修道・亜細亜大学教授に対する裁判(2007年)では、東中野被告に損害賠償を命じたうえで、「被告の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」と断じました。(最高裁で夏さんの勝訴確定=09年2月5日)

※ 旧陸軍将校の親ぼく団体「偕行社(かいこうしゃ)」の機関紙「偕行」は、1984年4月、「証言による南京戦史」という連載をおこないます。この連載はもともと、南京大虐殺の証拠を「憶測・誇張・伝聞が多い」「デタラメ」と批判、それを証明するため に 元将校に体験手記の投稿をよびかけたものです。しかし、元将兵からは虐殺を告白する手記が多く寄せられました。「偕行」は連載の最終回で「弁解の言葉はない」、「旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない」と日本軍の責任を認めました。


侵略戦争を美化しているとは?

Q.「リコールの会」代表の高須克弥氏は侵略戦争を美化している?
A.高須氏はリコール運動の前に靖国神社を参拝、自身のTwitterに投稿しました
 高須氏は愛知県にリコール運動をすすめる必要書類を提出した7月31日、ツイッターで、靖国神社を参拝している写真とともに、「靖国神社の英霊に愛知県の状況を報告」と発信しています。
 もともと靖国神社は旧陸・海軍両省が管理する軍事的宗教施設で 戦争に動員された多くの若者が「靖国で会おう」と 言って戦場へと赴くなど、日本中の人々を侵略戦争に動員する精神的支柱の役割を果たしました。同神社がまつっているのは明治維新以降に天皇のためにたたかって死んだ軍人・軍属であり、原爆などの民間犠牲者はまつられていません。
 1978年には、戦争を起こした罪を問われた A級戦犯を「形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれた」方(「やすくに大百科」)として合祀しており、終戦記念日などに閣僚が参拝することに国際的批判が起きています。戦後75年を迎えた2020年の終戦の日には安倍政権下最多の4閣僚が靖国神社を参拝しました。
 さらに高須氏は2017年8月17日のツイッターで「僕は殉国七氏を崇敬しています」とツイートしています。「殉国七氏」とは第2次世界大戦で日本がおこなったアジアの国々への侵略戦争において、指導的立場にあった東条英機氏(元首相・陸軍大将)や板垣征四郎(元陸軍大将)など7人を指します。この7人は東京裁判でA級、B級戦犯となり死刑になりました。高須氏はアジアの国々への侵略戦争をおしすすめ、戦後の国際裁判で 戦犯となった人物を崇め敬う靖国史観の代表的人物です。

※ 靖国神社には「日本初の軍事博物館」(「やすくに大百科」靖国神社社務所)として「遊就館」 が併設されています。1882年の 開館当初は兵器や武具を展示していましたが、敗戦によりその機能はいったん停止しました。1986年に再開後、「日清日露の大戦から大東亜戦争に至るまで・・・。我が国近代史の戦争を、当時の貴重な映像で再現し、東京裁判で歪められた歴史の真実に迫るドキュメント映画」(遊就館ホームページより)を上映するなど、アジア解放の戦争だった「大東亜戦争」を引き起こした責任はアメリカにあったという立場の展示が行われています。

Q.東京裁判とは?
A.日本の戦争を「侵略戦争」と断罪した国際軍事裁判です
 東京裁判は戦争犯罪人の処罰を定めたポツダム宣言にもとづき、侵略戦争を計画・実行した東条英機元首相など政府・軍部の最高 指導者に対して行われた軍事裁判 (1946~1948年)です。 日本の行った戦争を「侵略戦争」と断じ、被告25人全員を有罪としました。日本政府はサンフランシスコ平和条約(51年調印)第11条で東京裁判を「受諾」しました。東京裁判は、アメリカによる東京大空襲や広島・長崎への原爆投下などがまったく不問にされたという重大な弱点がありますが、同じ国際軍事裁判であるニュルンベルク裁判(ナチス・ドイツのヨーロッパでの侵略戦争とホロコーストに対する裁判)とならんで、第2次世界大戦後の世界平和をめざす流れの発展にとって大きな意義をもちました。

Q.A級戦犯とは?
A.2,000万人以上の死者を出した蛮行に関与し、東京裁判で処罰された日本の侵略戦争の中心的指導者です
 東京裁判で処罰された日本の侵略戦争の中心的指導者です。
東京裁判ででは極東国際軍事裁判所条例の第六条が定めるa、b、cのすべての罪が問われました。同条例でいうb、cにあたる罪が問われた一般将兵など(BC級戦犯)と区別しA級戦犯と呼びます。A級戦犯はアジア・太平洋への侵略戦争を計画・実施しただけでなく、2,000万人以上の死者を出した日本軍の蛮行にも関与しました。軍の作戦書や記録、戦争中に連合国政府が送付した捕虜虐待への抗議文書など多くの証拠が提示されました。

※ 2005年に日本共産党の不破哲三議長(当時)が「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」と講演。その中で、靖国神社と遊就館が主張する「靖国史観」について指摘したことをきっかけに、国内外から日本の特異な「靖国史観」への違和感や批判が相次ぎました。

    • ニューヨーク・タイムズ(2005年6月22日付)
      「靖国史観は、ほとんどのアジア人、アメリカ人が受け入れることができない」
    • ルモンド(2005年6月28日付)
      「アジアや西側諸国の歴史家はこうした見方を受け入れない」
    • ロサンゼルス・タイムズ(2005年10月17日付)
      「アジア解放を崇高な大義とし、日本の軍国主義を美化する博物館がある」

 

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